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敗者の承服「GGマナー」、「シャトル」「スキャン」…ゲーム中で使う言葉

敗者の承服「GGマナー」、「シャトル」「スキャン」…ゲーム中で使う言葉

Posted March. 31, 2018 09:17,   

Updated March. 31, 2018 09:17

한국어

#1999年8月、スキーで有望だったカナダの高校生が初めて韓国の地を踏んだ。スタークラフト(以下スター)大会に招待された「特別ゲスト」だった。一気に準優勝して、賞金1500万ウォンを手にした。彼はすでに米国と欧州などの海外大会で賞金だけでも6000万ウォンを稼いだトップクラスのゲーマー。大学入学のためにしばらく祖国に帰国したが、ゲーム、いや韓国を忘れることができなかった。世界大会で優勝しても、周りから「コンピュータゲームでトップについて、果たして何をするつもりか」とからかわれたカナダと韓国は何かが違っていた。結局「eスポーツ」事業と「プロゲーマー」という職業を作った韓国のスタ-ブームは17歳の少年の心を捕らえた。

29日、ソウル江南区(カンナムグ)にあるブリザード事務所で、「第1世代のスターゲーマー」ギヨーム・パトリー (36)に会った。韓国に来てから19年目となる彼は、韓国語を楽にこなした。2004年にプロゲーマーから引退した後、現在は放送人として活動しているが、スターへの愛情はそのままだった。現役時代にできた寝坊の習慣でインタビューに遅れたが、ゲームの話を始めると、10代に帰ったように青い目を輝かせた。

●eスポーツ、プロゲーマーの胎動を知らせた聖地

ブリザードが1998年3月に発売したスターは、テラン、ザーグ、プロトスの3つの種族が宇宙戦争を繰り広げるコンセプトで、世界で大人気を呼んだ。資源(ミネラル、ガス)を採取してユニットと建物などの戦争物資を用意し、攻撃と防御戦略を立てる過程が楽しさを加えた。2000年、同じ会社で発売した「ウォークラフト」に押されて、海外で苦戦したが、唯一韓国では人気がさらに高まった。他の国の大会では、通常3位までに賞金が与えられたが、韓国では8位となっても海外大会の3位よりも多くの賞金が与えられた。スターゲーマーたちにとって韓国は「聖地」だった。

「2000年に大学進学をあきらめて再び韓国にきたが、プロゲーマーとしての寿命は長くても1、2年だと思っていました。グラフィックスと仕様の良い新作が次々と出てくる中、2年以上人気が続くゲームはそれまでなかったんですね」

予想は見事に外れた 「スター聖地」韓国には、ネットカフェとゲーム中継という変数があった。

「故郷(カナダ)ではネットカフェに行くためには、車で10分以上かかったが、韓国は少し歩くだけでいたるところにネットカフェがありました。男子生徒の専有物だったカナダのネットカフェと違って、女性やおじさん(会社員)客が多いのも不思議でしたね」

スターは、韓国にネットカフェシンドロームを巻き起こした。ゲームのハンドルネームさえあれば、世界の誰とでも競争できる「バトルネット」(専用インターネット)と最大で8人が三々五々「同盟」を結んで同時にアクセスできる「チームプレイ」のフォーマットが人気の原動力だった。一緒に遊ぶことが好きな韓国人にとって、ネットカフェは放課後の遊びの場であり、飲み会の2次会の場所になった。1998年、全国に100カ所に過ぎなかったネットカフェは、2年後である2000年は1万5000ヵ所に急増した。

「やる楽しさ」に劣らぬほど、「見る楽しさ」も大きかった。韓国国内では1999年の世界初のスター中継放送を皮切りに、2000年にゲーム専門ケーブルチャンネル(オンゲームネット)までができた。トップクラスの選手たちの奇想天外な戦略と相手の動きを看破して瞬く間に覆す光景に、観客は熱狂した。マスコミは選手たちをアイドルに仕立てた。学校では発表すらできないほど恥ずかしがり屋だった外国人の生徒も、たちまち有名人になった。

「韓国に来てから、二、三ヶ月後に大会で優勝しました。ファミリーレストランに行ったが、40代のおじさんが自分の妻と子供を連れててき、サインをもらっていくのを目にし、人気を実感したんです。お店に行くと、先に気づかれて代わりに払ってもらったり、無料サービスをもらえることも多かったんです」

パトリーは、機動性のあるシャトル(プロトスの兵力輸送船)にリーバー(遅いが、大量破壊能力を備えた地上用攻撃ユニット)を乗せた後、相手陣営に落として奇襲したり(別名「シューティングリーバー」)、資源を掘る働き手を多く選んで基地拡張(マルチ)前に一つ一つコントロールするプレイなどを初めて披露した。韓国選手たちよりは手の動きは遅かったが、マルチタイミングをよくつかんで、絶えず兵力(物量)を抜き出したので長期戦に有利だった。スターに戦略と戦術概念を拡張したゲーマーという評価を受ける理由である。

プロゲーマーが人気を集めると、一部からは「遊んで食べる」気楽な職業と否定的な認識も出てきた。本当にそうだろうか。パトリーは、今ではプロゲーマーは億ウォン台の年俸を受けながら勢いに乗っているが、初期ゲーマーの状況は容易ではなかったという。

「スターは1000万枚以上が売れたが、プロゲーマーとして食べていくことのできる人は、20人もありませんでした。最初はスポンサーやマネージャーを探すことも大変でした。賞金を受け取れなかったり、踏み倒されたりした選手たちはひたすら情熱をもって耐えました」

大会の賞金や中継放送出演料をマネージャーが横取りする事故が頻繁に起きると、放送局では、最初から入金は選手本人の口座のみにと規定を変えた。選手たちの立地が変わったのは、2004年のスターリーグの決勝に10万人の観衆が集まってからだ。ゲームの人気と可能性を目撃した大企業各社が我先にプロゲーム団を立ち上げ、政府もeスポーツへの支援を拡大した。世界で初めて創立した空軍のeスポーツチームは、ギネスブックに登録された。

●「青少年期の成長と生活を導く灯火」

「最近のスマートフォンゲームは簡単になっているし、自動的にやっているので、果たしてそれがゲームなのかはよく分かりません」

パトリーは、スターの魅力として、人ごとに千差万別である「戦略」と努力が天才に勝つ「熱情」を挙げた。彼は、「スターで一番気に入ったのは、私と隣の人に同じようにリーバー二匹ずつを与えても、お見せできるのが天と地の差ということだ」とし、「見るのはやさしいが、やるのは難しいのがスターの醍醐味だ」と語った。激しい悩みと練習なしでは、永遠の勝者もないという意味だった。

「私も最初は少し練習して簡単に優勝する『天才』にあこがれたが、いつからか、ひどい練習虫である韓国選手の技量が日進月歩するのが素敵に見えました。私も合宿しながら管理を受けていたら、もっと長く選手生活ができたはずなのに…」

奇抜なプレイでうなぎ上りだったパトリーは、自分並みの創意的戦略で弱体テランを強者の隊列に載せた新鋭林遙煥(イム・ヨファン)選手(異名は「テランの皇帝」)に敗れて、デビューから4年後に引退を決意する。

15年前に同僚と歩き回っていたスターの戦場では、今は人工知能(AI)との対決が始まった。昨年、世宗(セジョン)大学で人間とAIとの初大会が開かれ、「アルファゴ」を作ったグーグルの子会社ディープマインドも、ゲームシステムの分析に集中している。

パトリーは、人間の勝利を簡単に保証できかった。彼は、「スターは、考えてコントロールすることがあまりにも多いゲームなので、今はイ・ヨンホ選手(現在首位)を破るAIはないだろう」としながらも、「コンピューティング能力が2倍になると、キーボードやマウスを使わないAIがさらに有利になる日が来るだろう」と語った。見え透いたものだが、最後の質問は変えなかった。「パトリ-にとってスターとは?」

「20年が経ったが、スターをやっていた記憶は昨日のことのように鮮やかです。スターへの思い出と一緒に育ったんですね。私にとって人生と道を導いてくれた『灯火』だったんですが、皆さんにはいかがでしょうか?」


申東秦 shine@donga.com