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「97年9ヵ月間を走ってきた」 東亜日報が紙令3万号を発行

「97年9ヵ月間を走ってきた」 東亜日報が紙令3万号を発行

Posted January. 27, 2018 09:14,   

Updated January. 27, 2018 09:24

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東亜(トンア)日報の紙齢3万号を祝う「東亜日報紙齢3万号の記念式」が、26日、ソウル鍾路区(チョンノグ)にある一民(イルミン)美術館で開かれた。

金載昊(キム・ジェホ)東亜日報社長兼チャネルA社長は、記念演説で「3万号は97年9ヵ月以上休まず走ってきた結果で、1920年4月1日の創刊号から今日の3万号まで、すべての新聞が完全に保存されている国内唯一の新聞社だからこそ、なおさら貴重に思われる」と語った。

東亜日報は、日本植民地時代に4回の無期停刊と1940年8月の強制廃刊をはじめ、実に63回の販売禁止と489回の押収など、あらゆる試練を経なければならなかった。日本植民地からの独立後は独裁政権に立ち向かって、広告弾圧を受けた。金社長は、「東亜日報はいかなる弾圧にも屈せず、民主主義を守護し、文化を育てる役割を果たしてきた」とし、「青年仁村(インチョン)の創刊精神のように、より良い大韓民国のための社会的責任を覚え、果敢な変化と革新の未来を迎えよう」と強調した。

東亜(トンア)日報が3万号を発行するまで、様々な分野で黙々と貢献した人々への感謝状も授与された。30年以上も東亜日報を購読している長期読者であるオ・ヨンワンさんと、43年間広告を続けてきたハンファ生命をはじめ、イ・サンスン慶南昌原(キョンナム・チャンウォン)読者センター社長、チョン・ジュハ京畿東坪村(キョンギ・ドンピョンチョン)読者センター管理所長、キム・スンイム・ルウィドゥコリアチーム長、キム・ヨンギュ・トンヨン通運運転手、ナム・ホンイル東亜プリンテック安山(アンサン)工場技術支援チーム長、イ・ジンホ全州ペーパー常務、パク・ノジョン光明インク常務、クォン・ジェオ・アグファコリア常務、ユ・ビョンドン嶺南(ヨンナム)プリンテック取締役の11人が感謝状を受けた。

25年間、東亜日報に新聞用紙の供給を担当してきたイ・ジンホ全州(チョンジュ)ペーパー常務は、答辞で「映画『1987』を見て、東亜日報の記者たちに心から感動を受け、東亜日報が顧客であることが誇らしかった」と語り、「新聞用紙は単なる紙ではなく、民族主義、民主主義、文化主義を追求する東亜日報の情熱と魂を盛る器だと確信している」と述べた。同日の行事には、東亜メディアグループの役員や従業員、読者、企業関係者など250人余りが出席した。



柳原模 onemore@donga.com