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9年ぶりに黒字転換、和合が実を結んだ双龍自労使

9年ぶりに黒字転換、和合が実を結んだ双龍自労使

Posted February. 16, 2017 08:29,   

Updated February. 16, 2017 08:33

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双龍(サンヨン)自動車が9年ぶりに黒字転換に成功した。2009年から始まって、2015年に決着のついた「双竜車事態」を乗り越えて成し遂げた成果だ。自動車業界では、労使が力を合わせて収益に全力を挙げることこそ、「ウィン - ウィン」となる道だという単純な真理を呼び覚ましたという評価が出ている。小型スポーツユーティリティ(SUV)「ティボリ」の「活躍」が眩しかった。

15日、双龍自は昨年、内需と輸出とを合わせて、計15万5844台の車を販売したと明らかにした。2015年より販売台数が7.7%も増加した。16万台以上を販売した2002年に続き、史上二番目の販売実績といえる。これを基に双龍自は昨年、3兆6285億ウォンの売上を上げた。営業利益は280億ウォン、当期純利益は581億ウォンだった。営業利益と当期純利益共に2007年以降、9年ぶりに黒字を記録した。

双龍自は、2007年に営業利益=441億ウォン、当期純利益=116億ウォンを上げた後、2008〜2015年の8年間は連続して赤字を出した。暗黒時代が始まったのは、2008年の原油価格の急騰以降。中大型SUVと高級セダンが主力である双竜自の販売台数は著しく減少した

2008年、双龍自は2274億ウォンの営業損失を出し、当期純損失も7097億ウォンに達した。業績が落ちた背景には、2004年に双龍自を買収した中国上海自動車の経営陣と組合との累積した対立もあった。

2009年1月、双龍自は企業再生手続きを申請し、4月には従業員の37%である2646人をリストラした。これに対して、組合は全面ストで対抗し、双龍自事態が起きた。労組は77日間、平沢(ピョンテク)工場を占拠し、結局、警察との武力衝突へとつながった。

政治圏が双龍自事態を問題視したことで、組合と会社との対立はさらに激化した。2009年前までは、双龍自の「チェアマン」は、韓国産の最高級セダンの一つだったが、労使対立でブランドイメージが深刻な打撃を受けた。

2009年9月、民主労総・金属労組とに分離された労組の執行部が選出され、2010年11月、インドのマヒンドラ・グループが双龍自を買収した。その後、双龍自と双龍自労組、民主労総金属労組の双龍自支部は長い交渉を経て、2015年12月、「経営正常化のための合意書」を議決した。

双龍自が対立を終え、復活したのには、労使が「会社が生き残ってこそ共に生きることができる」という単純な原則に共感し、力を合わせたことが決定的だった。2010年からリストラを巡る法廷攻防が続く間も、2010から2016年にかけて労使は7年連続の無紛糾賃金交渉妥結を実現した。

また、工場のある平沢市は、「双龍自が生き残ってこそ、平沢も生き残る」と積極的に双龍自を支援した。平沢市の公用車を双龍車に交換し、街ごとに双龍車を支援するためのキャンペーンが行われた。韓国自動車産業協会の金容根(キム・ヨングン)会長は、「双龍自労使が団結して、会社を復活させたのは、労使対立でますます競争力が落ちている他の自動車メーカー各社に示唆するところが大きい」と語った。

双龍自が2015年1月に発売した小型SUV「ティボリ」は、双龍自復活の象徴と受け止められている。ティボリは発売初年度に6万3693台を販売したのに続き、2016年は34.7%増の8万5821台が売れた。ティボリの人気が高まっていることを受け、双龍自は、昨年第4四半期(10〜12月)に1兆6億ウォンの売上を上げた。創立以来四半期の売上高が1兆ウォンを超えたのは初めてのことだ。

労使共に、「ティボリの成功を通して自信を得ることになり、業績改善に向け、さらに力を合わせることになった」と口をそろえている。双龍自は今年、業績増加にさらに拍車をかける心構えだ。ティボリに続いて今年は、大型プレミアムSUV「Y400」(プロジェクト名)を発売する。ティボリ - コランドC-Y400へとつながるSUVラインナップを構築して、SUV市場の強者としての地位を固めるという戦略だ。双龍自の崔鍾植(チェ・ジョンシク)代表は、「ティボリを通じて赤字の輪を断ち切ったことをもとに、今年は最大の販売業績をもって黒字基調を続けていきたい」と明らかにした。



한우신기자 hanwshin@donga.com