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「芸術家の娘」だけで289年

Posted March. 21, 2019 08:23,   

Updated March. 21, 2019 08:23

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自画像を描いた画家は多い。画家は多くの場合、自分の心理や存在感を表す手段として自画像を描いている。ところが、17世紀のオランダの画家ユディト・レイステルは、自分の自画像を自画像として認められるまで数百年の歳月が必要だった。

レイステルが21歳の時に描いたこの自画像は、過去数百年間、当代の巨匠フランス・ハルスの絵と間違われて発表された。その理由は、ハルス・スタイルに似たあまりにも優れた傑作だったからだ。絵の中の画家は、イーゼルの前に座って、観客に向かって頭を向けている。表情は明るく自信に満ちて見える。右手には筆を、左手にはパレットと布、10以上の筆を同時に持っており、イーゼルの上には作業している絵がたてられている。豊かなボリュームのドレスのスカートと過度に大きくて丸い襟、袖口に付いた高級レースの飾りまで、作業服には適していない派手な衣装だ。これは画家自分の富と成功を表す象徴であり、精巧なレースの装飾までを完璧に表現する技術的能力を示すためだ。現代のプロフィール写真のような自画像だ。

実はレイステルは、19歳の時から大衆の賛辞と専門家らの認定を受けたハールレム(北ホラント州の州都)のスター作家だった。当時の著述家たちは、彼女を「善良で鋭い洞察力の画家」、「例外的に優れた真の芸術のスター」と描写しながら絶賛した。女性アーティストが珍しかった時代、父に次いで画家になった彼女は、24歳の時に画家組合「聖ルカ組合」に登録して、独立した職人として活動したハールレム初の専門職の女性画家だった。

それにもかかわらず、彼女の絵は、後代美術史家たちの偏見と誤った判断で、同じ組合所属の巨匠の作品とされた。1929年にこの絵が米国人コレクターに25万ドルで売れた時も、販売図録にはハルスの「芸術家の娘」というタイトルで書かれていた。1949年、ボストン国立美術館に所蔵されて初めてレイステルの絵として認められ、タイトルも「自画像」に変更された。作家の死から289年後のことだった。