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5世紀に伽倻王陵で125個の星座を刻み込んだ星穴を発見

5世紀に伽倻王陵で125個の星座を刻み込んだ星穴を発見

Posted December. 19, 2018 08:46,   

Updated December. 19, 2018 08:46

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18日、慶尚南道咸安郡(キョンサンナムド・ハムアングン)にある末伊山(マルイサン)の丘陵地帯。

伽倻時代の墓の中で最も大きな規模を誇るここの古墳群(史跡第515号)の13号墳。5世紀中葉、阿羅伽倻の全盛期を導いた王が埋葬されると推定される墓の内部に入った。大人1人がやっと入るサイズの入口を過ぎると、長さ9メートル、幅2メートル、高さ1.8メートルほどの空間が現れた。赤い顔料で塗られた粘土が、四方を取り囲んでいた。伽倻竪穴式石槨墓で最初に発見された赤い彩色古墳と向き合った瞬間だった

墓の内部は、王の遺体が置かれた場所と伽倻の独特葬儀文化である殉葬の跡を示す殉葬者の空間などに分離されていた。一見、他の伽倻古墳とあまり違うところがないように見えたが、頭を上げると、うっとりとした光景が繰り広げられた。韓半島の夜空を大小の125個の溝で表示した星穴(石に刻んだ星座)が刻まれていた。西洋星座で射手座である南斗六星と蠍座などを含めて、天の川がぎっしりと表示されていた。

文化財庁の許可の下、末伊山の13号墳を発掘調査した東亜細亜文化財研究院は18日、「伽倻の墓の遺跡で初めて星穴を発見した」と強調した。星穴は、古代人の天文意識を最もよく示す遺跡だ。しかし、あまりにも珍しいものとして有名だ。新羅、百済の古墳群では見つかったことがなく、高句麗古墳群である平壌眞坡里(ピョンヤン・ジンパリ)墓の一部のみから出てきた。

13号墳の星穴は、高句麗古墳の星座とかなり似ている。韓半島の古代国家が似たような天文知識を保有していたという意味だ。特に、今回の発掘は、1918年12月、日本植民地時代に谷井濟一が発掘後、ちょうど100年ぶりに行われた調査という点で、その意味が格別だ。もちろん当時は、盗掘と変わらない形で行われた上、報告書すら残さなかった。どれだけの遺物を奪っていったのかさえ分からない。

東亜細亜文化財研究院のチェ・ギョンギュ調査団長は、「今回発掘した星穴は、現存する最古の天文図である天象列次分野之圖(国宝第228号)の星座と非常に似ている」とし、「韓民族の固有の天文観を示すという面で、韓半島天文史の研究に画期的な発掘だ」と説明した。

一方、末伊山古墳群から北側に2キロほど離れた阿羅伽倻王城址では、望楼と武器庫、兵舎施設などと推定される建物の跡14基が大量に発見された。5メートルの長さのかまど施設を備えた家の跡地も見つかったが、これまで伽倻の生活遺跡地は一度も報告された事例がない。

阿羅伽倻王城の発掘調査を進めているカン・ドンソク国立伽倻文化財研究所学芸研究室長は、「城郭と武器庫などが一緒に発見されたことから見て、一般の民ではなく、常備軍の駐留施設だった可能性が高い」とし、「実際に伽倻軍が使った矢印、鉄甲なども一緒に出土して、阿羅伽倻研究に新たな契機になると期待している」と明らかにした。


柳原模 onemore@donga.com