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狭き門が隠したもの

Posted October. 23, 2018 07:53,   

Updated October. 23, 2018 07:53

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中国へ団体旅行に行くと、時々レストランを目にする。入口は狭くて平凡に見えるが、中に入ると、深くて新しい空間が次々と現れる。収容人数は数千人という。このような構造は、軍事的設計を民家に適用したものだ。屋敷の中門を通り過ぎて母屋に入る時も、通路が狭く、三方の窓から通路を監製する城門の防御構造を適用したのを見たことがある。

京都の銀閣寺を訪れると、木が左右に所狭しと並んでおり、涼しく伸びる道に出会う。その道に沿ってずっと進み、左に曲がれば、ようやく切符売り場が見える。この道も基礎的な防御設計だ。侵入者は自分自身を露出しながら入っていかなければならないが、通路の内側に守備隊がどれほどいるか分からない。戦争の終わる日々のなかったアッシリア帝国の宮殿も、トルコの深い山の中で発見された神秘の帝国ヒッタイトの宮殿も、このような長くて折れた通路を基本的に適用している。

朝鮮時代の軍営だった壯勇營は、現在は残っていないが、内部から武器庫へと進む道は狭くて端が折れた通路を設置したことを図面で知ることができる。しかし、中国や日本とは違って、国内の治安が確実だった朝鮮では、宮殿や民間住宅にこのような軍事用設計を適用した事例はなかなか見当たらない。

どの国においても軍事費は財政を蝕むカバである。しかし、軍事費は消費だけの保険料ではない。築城術は建築に大きな影響を及ぼした。衛星測位システム(GPS)やコンピュータなどの先端技術は、軍事用に開発された後、民間に普及した。そのほかにも目に見えない分野で軍事と産業、民間領域は、絶えず交流しながら莫大なシナジーを引き起こしている。

しかし、住宅構造の場合のように、私たちはこのような交流についての具体的な体験が足りない。そのため、軍事分野は必要ではあるが、不便な分野として認識する傾向があるようだ。軍事政権時代も影響を及ぼしたことだろう。しかし、誤用があるなら、正さなければならない。過去を正すためにも、今は民と軍が共に考え正常化させようとする努力を試みるべき時期ではないだろうか。


李沅柱 takeoff@donga.com