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認識票で戻ってきた米参戦勇士

Posted August. 10, 2018 10:04,   

Updated August. 10, 2018 10:04

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「全く予想していませんでした。(父の遺品の知らせを聞いて)涙が出ました。しばらく気持ちを落ち着かせることができませんでした」

チャールズ・マックダニエル・ジュニアさん(71)は、父親が韓国戦争の参戦のために家を出た1950年、わずか3歳だった。彼は8日(現地時間)、震える手で父親の軍番号と名前が書かれた錆ついた認識票を手に取り、感情が込み上げたように話した。

米国防総省捕虜・行方不明者調査局(DPAA)は同日、国立墓地があるバージニア州アーリントンのあるホテルで、1950年11月の平安北道(ピョンアンプクト)の雲山(ウンサン)戦闘で戦死したと推定される陸軍上士チャールズ・マックダニエルさんの認識票を2人の息子、チャールズさんとラリー・マックダニエルさん(70)に渡した。戦死して68年ぶりに家族に渡されたこの認識票は、北朝鮮が6月12日の米朝首脳会談の合意を履行する次元で先月27日に米国に返還した米兵の遺骨が入った55個の箱の中に入っていた。認識票はこれ1つだけだった。

2人の息子は、父親の認識票が見つかっただけでも感謝すると話した。兄のチャールズさんは、「(韓国戦争戦死者が)約7千人にのぼるが、55個の箱だけ返還されるというので特に期待していなかった。認識票が返されたのは私たちしかいないのではないか。非常に大きな幸運だ」と話した。弟のラリーさんは、「父について何の記憶もない」としつつも、「父の愛国心と献身が誇らしい」と話した。

認識票の主であるチャールズ・マックダニエルさんは、米陸軍第1騎兵師団第8騎兵連隊第3大隊所属の医務兵として韓国戦争に参戦した。8騎兵連隊は1950年11月、平壌(ピョンヤン)から北に約100キロ離れた雲山で中国軍の奇襲攻撃を受けて多くの兵士を失った。マックダニエルさんが戦闘中に死亡したという目撃者証言が後に出てきたが、消息不明者に分類され、ハワイにある消息不明者追悼公園に名前が刻まれた。

マックダニエルさんの遺骨が今回返還された55個の箱の中に入っているかどうかはまだ確認されていない。DPAAは正確な確認のために、2人の息子からDNAを採取した。

DPAAのジョン・バード研究室長は、「1990年代初期に北朝鮮から208個の箱が返還され、約400人の遺骨が箱に入っていたことが確認された」とし、「過去の経験から、(55個の箱で)55人以上の身元を確認できるかもしれない」と話した。DPAAは現在、ハワイで遺骨の身元の確認作業を進めている。


韓基渽 record@donga.com