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スノーボードのスーパースター、ショーン・ホワイトが平昌への特別な思いを語る

スノーボードのスーパースター、ショーン・ホワイトが平昌への特別な思いを語る

Posted January. 04, 2018 09:43,   

Updated January. 04, 2018 09:45

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スノーボードのスーパースター、ショーン・ホワイト(32)は昨年9月、ニュージーランドでのトレーニング中にハーフパイプで転倒し、額と鼻、舌の中まで62針縫う大怪我をした。当時、平昌(ピョンチャン)冬季五輪出場への影響を懸念する声があがると、「モデルの人生は終わりかも知れないが、五輪に出るのには問題ない」と自信を示した。それから約3ヵ月後の昨年12月、米国コロラド州のカッパーマウンテンで開かれた国際スキー連盟(FIS)スノーボードのワールドカップ(W杯)で取材に応じてホワイトは、相変わらずモデルとしてめきめき活躍していた。すでにCM数本を撮影していたホワイトは、「ちょっとメイクの力を借りた。来年2月にはびっくりするCMが公開される」と笑顔で話した。

「自分が何を間違って怪我をしたのか正確に知っていたから大きく失望した。パイプの壁を登り切らないまま、いい気になって早くジャンプをしてしまった。幸いなのは、もっと酷い怪我を回避できたことだ。今は、こうして試合にも出ているじゃないか。25年間ボードを乗りながら、これだけ沢山の血を流したのは初めてだった。口が裂けて、しばらく笑うこともできなかった」

実際、ホワイトはニュージーランドでの練習で、負傷するまでは他の選手たちが見守る中で何度もタンカーに運ばれていた。それだけ高難度の技の完成に力を入れたことを意味する。昨季の最後の試合だった全米オープンで優勝した後、「来季は全く新しい選手になる」と言い切った。ホワイトの目は、早くから平昌五輪金メダルに狙いを定めていた。夏にはスケートボードやミュージックバンド活動でエネルギーを蓄えてきたホワイトだが、昨年の夏はカリフォルニアのビーチではなくニュージーランドの雪上で殆どの時間を過ごした理由でもある。昨年9月の誕生日には豪華パーティーの代わりに家族や友人数人だけを招いて素朴な夕食で過ごした。ホワイトは、このような変化について「世の中のことは、何事もやり易いときがあれば、難関が多くて多大な努力を傾けなければならないときがある。不幸にも新しい技は大変難しい仕事の一つだ(笑)。まずは五輪が迫っていることが本当に大きなモチベーションになる。五輪で本当に素晴らしいパフォーマンスを見せたい」と話した。

誰もが3連覇に期待をかけていた2014年のソチ五輪で「ノーメダル」の屈辱を舐めたホワイトは、五輪を終えた後「自分はなぜあんなに駄目だったのか」と深く反省したという。

「自分に優勝できるくらいの技がなかったわけではない。精神面の問題が大きかった。当時、ハープパイプの他にもスロープスタイルの練習に加え、ミュージックバンドやビジネスに至るまで、余りにも多くのことをしていたために疲れていたようだ。これまで人生で成功をもたらしてくれたやり方が、必ずしも残る人生の次なる目標を達成させてくれるとは限らない。変化が必要だった。自分を取り巻く環境や、ボードに対する自分の取り組み方を変えてみることにした」

ホワイトは、ソチ五輪以降、担当コーチやビジネスマネージャ、代理人まで、自分を取り巻く環境を全て変えた。彼は、「以前のことが間違っていたというよりは、同じことをあまりにも長く繰り返してきたので、変化が必要な時期だと感じた」と話した。新しいコーチのJ・Jトーマスと種目もハープパイプだけに集中することにした。それだけスノーボードに対する態度も真剣になった。

五輪金メダリストとは言え、彼がトレーナーと体系的にトレーニングに取り組み始めたのはソチ大会以降のことだ。かつてのホワイトは、2週に1度ジムに行って「これまで6回ほどトレーニングを抜かしたから一度で全部やっつけよう」という感じで厳しく体を動かしてはへとへとになって帰るタイプだった。彼は、「自分の人生でスノーボードは最も重要だったはずなのに、もっと真剣に取り組まなければならないと思うようになった」と話した。今は、大会がないときは週に4回ほどこまめにフィジカルトレーニングを行っている。ジムに行かない日は、マウンテンバイクを楽しむ。大自然を楽しみながらジムでの退屈さを紛らわすことができると言う。

10代が勢いを伸ばす世界のハープパイプ界において、今年で32歳になるホワイトは、「ご先祖」と言える大ベテラン。「ハープパイプ=ショーン・ホワイト」という公式も、もはや当たり前のことではなくなった。日々新しい技が登場し、恐ろしい10代が光を放つ。彼に「ショーン・ホワイト独走態勢に終焉が到来しているのか」と聞いた。

「五輪にハープパイプが含まれるようになってから人々の関心も高まったし、自然とトレーニング施設や技法、技術の進歩も速まっている。素敵なことだ。もちろん、そのために自分の地位を守ることがより難しくなったのも事実だけど(笑)。まだまだ楽しい。こんな環境は、自分をどんどん難しい高難度の技に追い込む。いくら難しい技でも試合で成功させることができると、本当に大きなやり甲斐を感じる」

彼にとって「ハープパイプの皇帝」というタイトルの取り戻すこと以外に、平昌の表彰台に立たなければならない理由は、もう一つある。これまで五輪で着用したジャケットを全て額縁に入れて飾っている。ジャケットには、各大会でメダルを獲得した選手たちのサインももらっている。だがソチのジャケットだけは何も書かれていない。彼は、「ソチ大会のためにコレクションが未完成のままとなっている。ソチのときの選手たちのサインも、いつかはもらって平昌まで完璧なセットを完成したい」と話した。



任寶美 bom@donga.com