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2年前に米シアトル美術館から返還された德宗御寶が模造品

2年前に米シアトル美術館から返還された德宗御寶が模造品

Posted August. 19, 2017 09:05,   

Updated August. 19, 2017 09:09

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2年前に米シアトル美術館から返還された德宗御寶が模造品

2年前、米国から返還された德宗(トクジョン)御寶が、日本植民地時代に作られた模造品であることが、後で明らかになった。文化財庁は2015年の返還直後、外形状の問題点を認識し、昨年10月に成分分析を行って、同年末に模造品であることを最終確認したのに、8ヶ月以上もこれを隠していたと批判を受けている。これに先立って返還直後、文化財庁は德宗御寶が、成宗(ソンジョン)が死んだ父を称えるために、1471年に製作した原本だと明らかにしたことがある。

金姸秀(キム・ヨンス)国立故宮博物館長は18日、「再び取り戻した朝鮮王室の御寶」の特別展の記者懇談会で、「日本植民地時代だった1924年に徳宗と睿宗(イェジョン)の御寶5科を盗まれた事実を、当時東亜(トンア)日報の記事を読んで分かった」と言い、「成分分析結果、德宗御寶など4点の銅含量は70%を超え、15世紀に製作された他の御寶と異なることを確認した」と明らかにした。15世紀の朝鮮時代に製作された御寶は、すべて金の含有量が少なくとも60%以上含まれている。

1924年の御寶盗難事件は、同年4月12日、東亜日報の報道で初めて世に知られた。「宗廟殿内に意外事變…德睿兩朝の御寶を紛失」というタイトルの記事は、「李朝五百年の歴代の王たちの祠位を奉安した宗廟に泥棒が入った」と書いた。

続いて、「今月10日の朝、宗廟を守直していたスタッフが奉審(陵所の世話をすること)していたところ、たまたまカギがねじれているのを見つけて、慌てて李王職(日本植民地時代の朝鮮王朝に関連する事務を担当した機関)長官に報告した」とし、「責任者である禮式課長・李恒九(イ・ハング)が見てみると、本当に徳宗と睿宗神位の前に置かれていた御寶が消えた」と付け加えた。李恒九は乙巳五賊・李完用(イ・ワンヨン)の次男で、李王職で御寶管理の責任を持つ禮式課長として勤務した。以後鍾路(チョンノ)警察署が捜査を引き受けたが、犯人と御寶を見つけることに失敗した。これで李王職は、朝鮮美術品製作所に製作を依頼して、御寶の模造品5科を宗廟に安置した。

一方、故宮博物館はすでに2015年3月の返還直後、德宗御寶の外観が異常であることを把握したことが確認された。文化財庁の関係者は、「御寶を束ねた結び紐が薄すぎ、長いうえ、亀の甲が他のものに比べてはるかに出張っており、亀の腹の下に穴まであいているので、15世紀当時の御寶と異なることが分かった」と説明した。

文化財庁は、「問題になった御寶も純宗(スンジョン)の指示により宗廟に安置されたものではないか」と模造品ではなく、再製作作品とみなすべきだという立場だ。しかし、すでに日本帝国に国権が侵奪された状況で、模造品を作った主体も事実上総督府だったということを考慮すれば、朝鮮王朝時に製作された再製作品とは格が違うという見解が提起されている。



金相雲 sukim@donga.com